月の神秘

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しあわせって・・・できるだけどんな状況でも
こころがしあわせだと感じとれること

どんな状況でも、っていうのはすごく難しいことだけれど、
そのためにいろんな難しい状況は来て、実は同じ轍を使える機会はあんまりこなくて、そのたびにちがう種類の、自分で轍を作るための修業が訪れる、気がする。

こころの筋肉をつけるために巡ってくる。

それは、“自分の”人生に降りかかってきて、”自分が乗り越えるべき”ものでないと、本当の意味では修業にならないような気もしてます。


こころに入ったヒビは元には戻らないけれど、赤ちゃんのままなんのヒビも入っていない鏡ではなくて、鉄のようなこころになれって
最近あるかたにいわれました。

そういう旅を・・・してゆけたらいいなと想っています。
*1


ひとつ教えていただいたのは、
凄惨なことに出逢ったとき、自分がそうじゃないことを責めるのではなく、
そういう立場じゃなくてよかったと想えばいい、って。
他人事とか、そういうヘンな意味ではなくて、恵まれていることに、自分が生かされていることに、魂のレベルでしっかりと感謝できることの大切さを
教えていただいたのだと想います。
短絡的に捉えられると誤解を生みそうなので、半分内緒にしときたいこころもち、だけど。*2


こころの持ちようを間違えると、ただの偽善になってしまう。
いろんなお話しを聴いて知って、自分の、そして身近なひとの人生も‘生きる’ようにするというコトだと想います。

 
and...こころにどんな鏡を持っているのか。それは、やっぱりいろんなことを観るときの、感じ方の根っこにあります・・・
わたしは

 

今想ったんだけど、こころの鏡ってガラスでできてるとは限らないよね

 

 

*1: 赤ちゃんみたいなかんじって、復活できると想ってます。何があっても復活してしまうわたしは能天気なだけかも知れない・・・けれど。

*2:こころの奥に耳を澄ましてみると、津波てんでんこ みたいな感覚かも知れないなと想います。一緒に生きてゆくのは、そのうえで・・・だと想います。